元世界チャンピオン花形進の「強さ」の教育

花形進が教える「真の強さ」とは?子供の躾けに困惑する親御さん、すべての教育現場に携わる方々、職場で指導的立場にある方、そして何より「強く生きたい!」と心から願うすべての方、必見のブログだ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

花形進の横顔 その1

 筆者は花形進に会う前、スタッフに人物像は聞いていたものの、元ボクシング世界チャンピオンということからか、彼に勝手なイメージを抱いていた。それは「超体育会系」とか「強面」とか、まあ、あまり想像力のないステレオタイプな人間の抱くイメージだ。
 また、テレビタレント化している「ボクシング元世界チャンピオン」をはじめ「元格闘技系スポーツマン」も何人かテレビを通して観ているわけだから、そんなイメージとダブらせていたのかも知れない。「気合だ~!!」とか「元気ですかー!?」とか、取りあえずはデカい声、良くも悪くも周囲を圧倒する存在感。
 筆者は言わばそんな人物が登場して来た時に備え、花形ボクシングジムのある神奈川の鴨居に向かう道中、「気合」を密かに入れていた。
「出会いは挨拶。挨拶は肝心。負けないように圧倒するようなデカい声で挨拶してみるかな?」そんなことも考えてみた。
 しかし、実際に会った時、彼の持つ雰囲気というか、大げさに言えばオーラというか、彼の温和な感じに逆に“圧倒”された。確かにカラダはゴツイ。髪型も角刈り(?)。60歳を超えているとは思えないような筋肉質で身軽そうな肉体。腕とコブシは言うまでもなく、殴られたら痛い、では済まないだろうシロモノである。
 それでもその表情は柔和で、「ギラギラ感」のようなものは感じられない。
 ふと、かつて聞きかじった話で、「ギラギラ感」を前面に押し出した会社経営者は、一時は良くてもその繁栄は長続きしない、といった話や、本当の金持ちは、ひと目で金持ちと分かるような格好はしない、といった話を思い出した。
 いずれにしても筆者が理解したのは、花形進は、「強い」とかなんとか、自らポーズを取る人物ではなく、その必要もない人物だということであった。
 そしてこの男こそが「世界を獲った男」であるということであった。

 さて花形進を人々が語る時、その多くは「努力」という言葉を用いて語る。それは彼が世界チャンピオンの地位に上り詰めるまでの戦績がそうさせるのだ。
 昭和38年11月、16歳でプロボクサーとしてデビューして以来、10回戦選手に進むまで、彼は29戦して15勝8敗8分けでKO勝ちは一つもない。
 勝率も5割を切っていた!
 あるいは、昭和44年4月に日本フライ級チャンピオンになってから、昭和49年にWBA世界フライ級チャンピオンに登りつめるまでに、実に4度の挑戦をし、すべて敗れている!
 世界チャンピオンになったのは「3度目の正直」などというナマ優しいものではかった。
 五度目、デビューして11年目の秋のことである。
 負けても負けても勝負に挑む姿勢。
 「再チャレンジ」という言葉が巷にはびこりはじめているが、「再再再再チャレンジ」とはまったく聞かない。
 しかし、花形進はあまり「根性」で語られることに居心地の良さを感じていないようであった。
「中学生の時に世界一になろうと思ってボクシングはじめたけど、実際やってみると、世界一は遠いんですよね(笑)。誰もが行けないところに行くためには、誰もがしないような努力はします。戦う相手だってみんな、自分が勝とうと思ってかかって来るわけですからね。そりゃ大変ですよ。根性ですか?ボクサーならみんな持ってますよ」
 笑みを浮かべ柔らかく語り口には、真の厳しさが伺えた。
 ジムの会長室には、練習を終えた選手や練習生達が、まるで一家の“お父さん”に寄り添うように集っている。彼らの冗談には冗談で返し、まったくもってアットホームである。
 このジムから世界チャンピオンや日本チャンピオンが生まれる。
 この男が、元暴走族の少年や気弱だった少年をチャンピオンに育て上げる。
 花形進の人物像と生き様、ジムを通じたボクシング指導には、「真の強さ」という昨今の家庭や教育現場、職場が失いかけているモノを取り戻すためのヒントが多く隠されているように思える。
 
 このブログでは、花形進とその周囲の人々の取材を通じてその辺りを探って行きたい。 (敬称略)
 
 つづく

※当ブログは月2回程度の更新になります。

スポンサーサイト

テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。