元世界チャンピオン花形進の「強さ」の教育

花形進が教える「真の強さ」とは?子供の躾けに困惑する親御さん、すべての教育現場に携わる方々、職場で指導的立場にある方、そして何より「強く生きたい!」と心から願うすべての方、必見のブログだ。

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花形進の横顔 その2

花形進がボクサーの道を志したのは中学生の頃だ。
時は昭和30年代半ば。
ボクシングの試合がテレビ放映だけでも週に8回あるという黄金期。
日本中がボクシングに熱狂する中、テレビの中でその黄金期を支えていたファインティング原田選手(世界フライ級・バンタム級2階級チャンピオン)や矢尾板貞雄選手(東洋フライ級チャンピオン)に中学生の花形進は釘付けになった。
ちなみに矢尾板貞雄選手の世界フライ級タイトルマッチは視聴率92.3%という驚異的なデータを残しているから、まさに“日本中”が釘付けになったといえる。
そんな中、花形少年は強く思った。「もうこれしかない!」
学校の作文の時間に『オレは世界チャンピオンになるのが夢』と書いた。少年らしい夢だ。ボクシング黄金期の当時、多くの少年達はおそらく同じ夢を描いたであろう。実際、花形少年は友人達と連れ立って河合ジムを訪ねている。
しかし、花形少年は周囲の多くの少年達とは違った。
一緒にジムに入門した友人達は、「世界チャンピオン」が叶わぬ「夢」であることを感知し、半年も経たないうちにジムを辞めていった。少年達の興味は移り気である。また高度成長期のさなか、楽しいことや魅惑的なことが日本に溢れ始めていたから尚更のことだ。
一方、花形進はそれらを横目に、まっしぐらにボクシングに打ち込んだ。
「これしかない!」のだ。他のことでは世界一にはなれない。世界一になるのなら、ボクシングしかない。花形進の「夢」はいつしか「目標」となっていた。達成すべき大きな目標だ。
しかし、無論その目標への道は平坦ではなかった。
「4回戦では勝ったり負けたりしていました。テレビでみて頭で描いたようには行きませんでした。なにしろ相手がいることですから。相手も“勝とう”と思ってキツイ練習をしてリングに上がるワケです。それでもいつかチャンピオンになれるという自信というか感触みたいなものは掴んでいましたよ」
実際、花形進の4回戦時代の戦績を見ると16戦8勝5敗3引分け。
世界チャンピオンへの道は順風満帆とは程遠かった。

つづく

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